2014年10月22日水曜日


川沿いを老人がラジオを流しながら歩いていた。
なぜイヤホンをしないのか私は知っている。
昔の人の耳の穴は今の人の耳の穴とはまったく形が違うからだ。
ラジオの音をばらまきながら歩くおじいさん世代の耳は卍のような形をしている。
それならばヘッドホンをすればいいとおもうが、そうもいかない。
ラジオの音をばらまきながら歩くおじいさん世代の頭部は豆腐(絹)のようにやわらかいため、ヘッドホンに挟まれたら潰れてしまうのだ。

2014年8月7日木曜日

歓声

最後の曲の演奏が終わりに向かって失速し穏やかになると

「フーッ」

というライブ会場ではお馴染みの、人間の口から発せられる限りの高音が聞こえた。
私はそのような音が聞こえても、当然おかしくはないと思ってはいるのだが、その音の発生場所が近いときには音の主を特定しようと辺りを見回す。
それは単にこの人間からでてきたのか、という確認だけではなく、奇声を上げるほどの熱狂にある人間を観察しようとしてのことだ。
少し羨ましい気持ちもあるのかもしれない。
私自身は、どんなにそのステージのパフォーマンスに感動したとしても、あのような奇声がうっかり出てしまうこともないし、奇声を上げたいという欲求も湧いてこないから、そのような人間が不思議に思えた。

私の後方右側に音の主があった。
振り返るとすぐに、座っている2人組の男だということがわかった。

一人がもう一人に、「フー」って叫ぶと、この素晴らしい空間に、自分の「フー」が響くぞ、オモシロイだろ、と教え、すぐにまた「フー」と叫ぶと、二人はニヤニヤとしていた。

こんなことのために、我々が共同で購入した「音楽」は邪魔されたのだ。
私は非常に不愉快な気持ちになった。

演奏が完全に終わりアーティストがはけると、ステージの下で仁王立ちで観客を監視していた体格のいい黒人のセキュリティがこっちに向かってきた。
私は、後方にあるドネルケバブの屋台にでも向かっているのだろうと思ったのだが、セキュリティは私のすぐ後ろのあの2人組の男に英語で話しかけていた。
そもそもが2人組はずっとニヤニヤしていたが、まず、セキュリティがきたことに対してのニヤニヤ、それから英語がわからないことに対してのニヤニヤ、そして一連のニヤニヤにほんのりビターな味わいを加えた新たなニヤニヤを見せたのは、セキュリティが真剣な形相でほぼ連行に近い形で二人を連れ出したからだった。

二人はステージの上に上げられた。
私は、あのセキュリティは二人がふざけて奇声を上げていたことを見抜いたのだと、彼らへの断罪の期待が膨らんでいた。

ステージのスクリーンに、ついさっきのライブ映像が流れた。
カメラは観客を映していた。
そこには、ライブの中に身を置き、感極まり声を出す人や、一心不乱に踊る人が映っていたのだが、そのどれもが一目見たら、決してふざけてなんかいないことがわかった。

そしてカメラはついにあの二人を映した。
これまで映ってきたどの人にもない、異質なニヤニヤした表情で「フー」と叫んだところで映像は終わった。
映像の構成はわかりやすかったが、多くの人にとっては、単なる「フー」コレクションにしか見えなかったかもしれないし、実際のところそうだったのかもしれない。


セキュリティはマイクスタンドを二人の真ん中に置いた。
片方がセキュリティが何を求めてるのかわからず、ニヤニヤして顔芸だけでセキュリティにコミュニケーションをはかろうとしたが、セキュリティの真剣な表情から逃げ出すかのように、となりの友達のほうを見た。

そしてそのお友達はノリが良かった。
顔をひょいとマイクに近づけると、

「フー」

と叫んだ。


何かわからないことに対して、テンションだけで乗り切ろうという彼の性分がそうさせたのだろう。
もっともそれはあたりの固まった空気を何とかしたいという彼のサービス精神だったりもしたのだろう。
そもそもが彼は自分たちが公開裁判の場に引きずり出されたという認識などなく、むしろキングオブ「フー」に選ばれたとでも思ったのかもしれない。

一般男性の単独「フー」は響くこともなく、あたりに静かな時間が流れた。

ちょっと刑が重すぎるのではないだろうかというくらい、静寂は長く感じた。

二人がステージ上で恥に固められ、そろそろステージ下の我々が、目の前の出来事について隣の友人らと「あれはなんなんだ?」と話し始めそうな時間が経ったところで、セキュリティは二人にステージから降りるようにうながした。

SE(Sound Effect)にビートルズのサージェントペパーズロンリーハーツクラブバンドが流れると、フェスティバルは再開した。





2014年1月8日水曜日

それのデジタル知らないっす

「僕、アナログな人間なんで、玉ねぎ切るとき、涙でないように、水泳用のゴーグルつけて切るんですよ。」

「いや、それのデジタル知らないっす」