2018年8月18日土曜日

日陰

若い女の子がウチの窓ガラスを熱心に眺めていた。
これから住む家を探しているのだろう。

本来ならば、すぐに捕まえにいくところだが、この時期は一歩外に出るにも暑すぎて、しばらくは気が付かないふりをしていた。

気にいった物件をみつけたのか、女の子が入ってきた。

「外の気になるのがあったのですが、内見できますか?」

いかにもこれから学生生活を始めそうな若者にも、家賃の安い物件を探している者、どういうわけか裕福で高級なマンションを探しているボンボンもいるが、この子は、親の意向でセキュリティのしっかりした、そこそこの物件を探してると思った。

「外に貼ってある、大野駅徒歩15分の1R、家賃3万円のアパートが気になりまして」

私の予想は外れ、彼女は何か節約を強いられる物件を探してるようだった。

「ありがとうございます、こちらの物件、いまからでも内見できるのですが、ひとつお知らせしておかなければならない事がございまして」

そう言った私を見る彼女の目には、「風呂の追い炊き機能無し」、「トイレの共同使用」を後出しで言われても動じない覚悟を感じた。

「こちらの部屋なのですが、「日当たり物件」となっておりまして、家賃が安くなっております」

それは考えるに値するといった様子で彼女は沈黙した。

「一応、見てみてもいいですか?」

今日みたいな日に行けば間違いなく気に入らない物件だった。

「すぐに案内できますよ、ぜひご覧ください」

ついつい、私はその物件までの道のりを、ひかげを選んで歩いてしまっていた。
本来ならば我々としては、駅前に位置するうちの店を出たところから、たとえ途中、焼き石の道があったとしても、最短ルートならばその上を踏みしめて通り、不動産情報の名誉のためにベストタイムを目指すべきだった。

便利そうなスーパーやコンビニを紹介することで稼いだわずかなポイントも相殺するくらいの不快な日照りの中を早歩きで向かった。

交差点、右前方に局所的な雨雲でも発生してるのかと感じるほどの、広範囲のひかげが見えた。薄暗い空間に白い外壁の灰色の邸宅が並んでいた。

突如として現れた広範囲のひかげは、雨雲ではなく鉄筋シェイド(人工的に作られた日よけ)によるものだった。

鉄筋シェイドは、AEON(イオン:複合商業施設)くらいの広さで、巨大な支柱に支えられ、マンションの五階くらいの高さに位置しており、その上には膨大な数のソーラーパネルが敷き詰められ、あとは変電設備と雨水の排水が整備されているだけの構造で、その下に作られた一等地には、60世帯の戸建てが軒を連ねていた。

「快適そうですよね」

信号待ちの間、彼女が羨望の眼差しで広大なひかげを見つめながら言った。

「普通の人は住めないですよ、あそこには」

一等地に背を向け、5分ほど歩くと、辺りにひかげはほとんど見当たらなかった。

たまにふく風も、ドライヤーを当てられるようだった。

「こちらになります」

二階建てのアパートの角部屋はギラギラと輝いていた。

「3万円ですもんね。。」 

ここ数年、驚異的な気温の上昇のせいで「ひなた」の価値は下がり続けている。
「ひなた」と「ひかげ」の関係は相対的ではなく、絶対的に「ひなた」に価値があった事は、かつての不動産のセールスポイントの「日当たり良好」から見て取れたし、なんなら「日照権」なる太陽を浴びる事を要求する権利が存在した。
一年の四分の1の夏季を除いた暑くない日においては、太陽の光は明るく暖かく、洗濯物はよく乾く、植物は育つといったメリットしかなかった。
しかし、年々厳しくなる夏の熱波は「ひなた」を厄介なものとし「ひかげ」を何よりも魅力的なものにしたのだった。


















2017年5月13日土曜日

中古車屋

100万〜150万程度の値札をフロントガラスに貼り付けた、50台ほどの国産中古コンパクトカーたちが、街灯に照らされた国道を見つめるように並んでいた。
 そのそばで、社長、部長、営業から事務員、総出で集まっていた。

 キーを開ける電子音の後で扉が閉まる音が聞こえた。
営業の森さんが一番奥のコンパクトカーに乗り込んだのだった。

 社長が「よーい」と言うと、全員が手の中のコンパクトカーの鍵のボタンに親指を準備した。 そして、各々が順に鍵を開けるボタンを押していった。

 ピッと鳴りハザードが一回光る、ピッと鳴りハザードが一回光る、

これがドミノ倒しのように道路から見て右から左へと流れていくのだ。
 ドミノ倒しのように見せるにはちょっとしたコツが必要で、 前の人の「ピッ」という音を聞いてから次の人がボタンを押していたのでは、脳と体の伝達信号の都合上、間が空きすぎてしまうのだが、 鍵を持った手を下げた所を起点とし、前に突き出し、それからボタンを押すという動作を基準とし、前の人が手を突き出すのが目に入った時点で、同じく動作に入ることで、音とハザードは見事に右から左へと流れていくのだ。

 あっというまに、森さんの乗ったコンパクトカーまで流れていった。 このスムーズな光の移動は間を置いて、最後に強烈な閃光を誘発した。

 森さんがハイビームを点けたのだった。
 車50台も向こうだと、森さんの顔はほとんど見えなかった。

エンジンがかかる音の後で、森さんを乗せたコンパクトカーは道路を走り出していった。

 森さんが再就職先を見つけたかはわからないが、前向きな人生の新たな一歩になれば幸いだ。

2016年3月17日木曜日

茶碗







<省略>






「それ、君が、犬のキャラクターだから"ちゃわん"って言ったの?」

「なんだよ!犬のキャラクターって!だとしたら、ちゃわんわん、って言うわ!」

マグカップを手に取り、中身を覗き込むと、そこには犬のキャラクターの顔があった。

「あっ、ちゃわんわん、だわん」

私は言い直した。

たしかに

「たしかに。」

私はこの便利な言葉を使って全く興味のない話に、さぞよく聞き、考えたかのような返事をした。

「どこらへんが、たしかにだった?」

と聞かれたら本当に困るが、相手方は予想外な事を聞いてきた。

「えっ?たしかに、って、お前がカニのキャラクターだから、それでたしカニ、って言ったの?」

「カニのキャラクターじゃねえよ」

「だとしたら、たしかにカニになるからね」

「語尾のカニを引いて、たし、だけの意味はなんだと思ってんだよ」

以上のツッコミのうちどれを先に言うべきか難しい。
それで何も言い返せず、ふと横の窓ガラスを見ると、そこに映るはずの私の顔はカニのキャラクターのようだったのだ。

「あっごめん、たしかにカニ、カニ」






2015年9月24日木曜日

一服


宗一郎は片手でポケットを探りつつ、もう片方の手で喫煙ルームの扉を押した。
室内の田中と田中の部下がちょうどタバコを取り出すところだった。
宗一郎は顔をうつむきながらできる限り離れた位置に身を置いた。
依然としてポケットを探っている宗一郎を見かねた田中が宗一郎にタバコを差し出した。
田中は宗一郎がこのオフィスのビルの清掃をしているのを何度か見たことがあった。
しかし宗一郎は田中の方を見る事もなく、苦笑いをして申し訳なさそうに手をふり断った。
そしてポケットの中に掴んだ感触を取り出し、ニヤリと前歯無き洞穴を見せながらそれを田中に見せた。
宗一郎の親指と人差し指の間にあったのはタバコではなく、袋に入ったお菓子だった。
田中はそのパッケージを見て自分も食べたことのあるクッキーだとすぐにわかったが、この場面での突然の登場に真顔で見つめるしかできなかった。

目線はビスケットに奪われたままの二人がタバコに火をつけると、さっそく宗一郎もビスケットの包装を破ろうと両指をかけた。
首は少し斜め下を向き、片手でビスケットを隠し、ちょうど風をよけるようにしてタバコに火を着けるようなポーズで開いた包装に口を近づけると、ビスケット端を口にはさみ、タバコのようにくわえたまま険しい表情で正面を向き遠くを眺めた。
そして口元に咀嚼が確認できないほどの神妙なペースでビスケットを食べはじめた。
ときおり、スモーカーがそうするように指に挟んだビスケットをタバコの灰を落とすようにトントンとすると、黄色いビスケットのクズは暗い吸い殻入れの奥で光って見えた。

田中は宗一郎の「タバコみたいなビスケットの食べ方」という奇行が禁煙の方法に違いないと思った。

田中のアメスピも半分程の長さになり、田中の部下のホープは二本目に突入しようという頃、ようやく宗一郎の丸いクッキーは半円になっていた。

不機嫌そうな顔でビスケットをくわえた宗一郎の顔は近頃のクリントイーストウッドにとてもよく似ていた。

宗一郎はくわえていた残り三分の一程のビスケットをステンレスの火消しに強くこすりつけ、そのすべてを削り落とすと、心機一転、残りの勤務をがんばることを誓ったかのように清々しく険しい顔で喫煙ルームを出て行ったのだった。

2015年5月22日金曜日

電車にて

正面に座ったのは面構えだけで不愉快な男だったというのに、その男はまるでそれが恥ずべき行為ではないかのように指を鼻に突っ込みはじめた。そして親指と人差し指で何かを転がし始めた。凝視すれば、おそらく私が想像した通りのものが確認できただろうが、このクソ野郎のそれの色とか見てしまったら、口に含んだばかりのコーヒーどころか、胃の中のものまで吐き出しそうな予感がして、とっさに視線をそらした。

2015年3月12日木曜日

コーヒーショップ

金曜日の夜、駅近くのコーヒーショップは満席のため待つ人で列ができていた。

先頭でならぶ女の視線が、ひときわ高くそびえ立つ一つのテーブルへと突き刺さっていた。まるで天井の雨漏かのように憎らしく睨みつけてみたところで、見えるのはテーブルの裏側と椅子の裏側と、そこに座る男の鼻の穴だけだった。

いまや、頭が天井につきそうなほどに刻々と上昇したテーブルと椅子も、この男にとってはプレッシャーにはならなかったようで、むしろここまで高くなると、席を待つ客達から放たれる親の仇のような視線をさえぎるのを手伝っていた。

男は財布を手に取ると椅子から立ち上がり、慎重にポールダンスのそれと見間違うほどの高さにまでなった一本の椅子の支柱に足を掛けた。
支柱の凹凸を使ってゆっくりと降りると、男はトイレに入って行った。

店内奥からテーブルが上昇することを知らせるブザー音が鳴った。


「えっはやくなーい」

「30分たってなくなーい?」

二人の女子高生はそう言うと上昇にそなえ、文房具と教科書で散らかったテーブルの上を少し整えて会話を止め、お互い目を合わせていた。
椅子とテーブルが同時に動き始めると女子高生たちは、中学時代の友達と街で偶然会った時に発するのと同じ種の奇声を上げた。
両隣よりもテーブル半分ほど高くなると二人はわーキャーと騒ぎ、楽しんでいた。

滞在時間40分につきテーブルが徐々に上昇するシステムは、満席時には誰が一番そこにふさわしくないかを、誰の目から見ても明らかにした。

一番高いテーブルのふもとに男が戻ってきた。
こんなことにはもうすっかり慣れたかのように両手でポールを掴むとよじ登りはじめた。
周りの空気を読まずに無邪気にポールにしがみつく男の哀れな尻はしばらくの間、席を確保できずに並んでいる客たちに向けられていた。

男は背を丸め顔を前に突出し着席した。
その後頭部の髪の毛は天井に押しつぶされ、顎はノートパソコンのキーボードを押さんばかりだった。
そんな状態にもかかわらず男ははそこに居続けはじめた。
もはやその状態に男の自主性はなく、テーブルとイスに浸食されているようにしか見えなかったが、男は再び久しぶりにカップに口をつけた。
コーヒーは残っていた。
彼はまだこのコーヒショップの立派な客だった。