2015年9月24日木曜日

一服


宗一郎は片手でポケットを探りつつ、もう片方の手で喫煙ルームの扉を押した。
室内の田中と田中の部下がちょうどタバコを取り出すところだった。
宗一郎は顔をうつむきながらできる限り離れた位置に身を置いた。
依然としてポケットを探っている宗一郎を見かねた田中が宗一郎にタバコを差し出した。
田中は宗一郎がこのオフィスのビルの清掃をしているのを何度か見たことがあった。
しかし宗一郎は田中の方を見る事もなく、苦笑いをして申し訳なさそうに手をふり断った。
そしてポケットの中に掴んだ感触を取り出し、ニヤリと前歯無き洞穴を見せながらそれを田中に見せた。
宗一郎の親指と人差し指の間にあったのはタバコではなく、袋に入ったお菓子だった。
田中はそのパッケージを見て自分も食べたことのあるクッキーだとすぐにわかったが、この場面での突然の登場に真顔で見つめるしかできなかった。

目線はビスケットに奪われたままの二人がタバコに火をつけると、さっそく宗一郎もビスケットの包装を破ろうと両指をかけた。
首は少し斜め下を向き、片手でビスケットを隠し、ちょうど風をよけるようにしてタバコに火を着けるようなポーズで開いた包装に口を近づけると、ビスケット端を口にはさみ、タバコのようにくわえたまま険しい表情で正面を向き遠くを眺めた。
そして口元に咀嚼が確認できないほどの神妙なペースでビスケットを食べはじめた。
ときおり、スモーカーがそうするように指に挟んだビスケットをタバコの灰を落とすようにトントンとすると、黄色いビスケットのクズは暗い吸い殻入れの奥で光って見えた。

田中は宗一郎の「タバコみたいなビスケットの食べ方」という奇行が禁煙の方法に違いないと思った。

田中のアメスピも半分程の長さになり、田中の部下のホープは二本目に突入しようという頃、ようやく宗一郎の丸いクッキーは半円になっていた。

不機嫌そうな顔でビスケットをくわえた宗一郎の顔は近頃のクリントイーストウッドにとてもよく似ていた。

宗一郎はくわえていた残り三分の一程のビスケットをステンレスの火消しに強くこすりつけ、そのすべてを削り落とすと、心機一転、残りの勤務をがんばることを誓ったかのように清々しく険しい顔で喫煙ルームを出て行ったのだった。

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