私は久しぶりに新宿駅は東口を出た。
異常なほどに多い人間に日頃の修行のかいもなくイライラとしてしまった。
この日の幹事はもちろん東本寺の石倉だった。
石倉はこの手の集まりをすぐに企てた。
まずこの手の企てとは俗にいう「合コン」なのだが、我々の間では「対女」という。
「おいっす」
アルタ前という誰もが待ち合わせる場所で、石倉はその場を代表するかのように笑顔で手を振っていた。
石倉は相変わらず細いスーツを着て、その坊主頭を仏教徒のヘアースタイルからイタリア人のヘアースタイルへと昇華させていた。
「おまえお洒落してこいよ」
石倉は上機嫌に言った。
私は坊主の休日にありがちなカジュアルな装いだった。
「今日、ナースだから」
石倉はさぞ喜べというニュアンスでいやらしく言ってきた。
「今日は何人なの?」
「男があと一人くる、玄武寺の後とり、おれらとタメだよ」
「ナースはどういう知り合い?」
「座禅体験で知り合った」
「またかよ」
石倉は前回のスチュワーデスのときも座禅体験会で知り合ったと言っていが、たしかに我々が出会う場といえばそれくらいしかなかった。雑念クソ坊主が。
「あ、いた」
石倉の視線の先にいたニットキャップをかぶりでっかいジーンズを履き金色のでっかいネックレスをした男がこっちに気がつくと腰履きしたジーンズを不自由そうに小走りで向かって来た。
その男は石倉となにか「ウィー」のような最後の語をのばしたような事を言いながら腕と腕をぶつけるような儀式のような挨拶をした。
少なくとも仏教の世界では見た事が無かった。
「今日、ナースでしょ?」
その男は開口一番、私にそう言った。
「こいつ、健次君」
笑顔で握手を求めてきた健次君の皮膚はエグザイルにいそうな皮膚だった。
つまり私は友達にはなれなそうだと早々と思ったのだった。
店はビルの4階でエレベーターに乗ることになった。
窮屈なこの空間のほかの客もこれから対女、対男をやるのだろうかと思うと何とも下品な動く箱のように思えた。
「いやーかわいい女くるといいね」
こともあろうに健次君はこの箱の中でまさにふさわしい一言を言った。石倉もさすがに笑みをうかべるだけだった。
もっともこんなふうに健次君のキャラといおうか、寺のカラーが違うとでもいおうか、それは彼の日焼けした皮膚を見たらわかることだった。
この箱の中ではどんなに仲が良かろうと、目線は現在位置を示す数字を見上げるだけだ。
仮にここで10年ぶりの再会をはたしたとしても感情をあらわにはしない空間に思える。
店員が我々三人を席へと案内した。
石倉が「東本寺石倉」で予約をする理由はこのときに店員に威厳を持った接客をさせるために違いないが、キャバ嬢との合コンのときにはその女たちがなかなか席に通してもらえないという失態もあった。
石倉も私も上着をぬぐと、さっそく無表情に座禅を組んだ。
飲み屋の座敷とは我々のためにあるようなものなのだ。
私が石倉とつるむのはまさにこういう部分でもあり、また石倉も趣味の合わない私をこのように誘うのはこの基本的な禅の精神の部分があるからだろう。
背筋を丸めあぐらを組み、アイフォーンをいじりタバコを吸う健次君はもはや坊主でもなんでもないように見えた。
この、対女で相手の登場を待っているときの座禅が一番難易度が高い。
なんせ百山寺の紺野さん程の人間がそわそわして全然座禅に集中できてなかったというくらいだ。
もっとも紺野さんは童貞だからしかたがないかもしれないが。
ちなみに仏教で「童貞」はネガティブなものではなく、神の域と崇高される。
半眼の視界にうっすらと人が見え「無」の状態から戻った。
いまだ半眼の石倉を肘でついた。
半眼とは文字通り、目を半開きにする座禅の作法だ。
このとき昔はよく石倉とは「お互いまだ「無」の境地だ」と意地の張り合いのようになり、女性陣がとっくに着席しているのに半眼を続けたものだが、これはあまりに気持ちが悪いと評判が悪いために、こうして私が折れるかたちで石倉に教えるのである。
それに反応する石倉の「無」からの帰還の瞬間のうさんくさい表情は今では愛すべきものであった。
「こんにちは」
コートを手にもった女が三人入ってきた。
左から、ブス、ブス、ブス、
私と石倉は再び半眼になった。
意外にも健次君は仏のような顔をしていた。
あまりにショックなのかブス専なのかはわからないが、こういうとき半眼にならない坊主がなによりである。
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