山本はずっと泳ぎ続けていた。
それでもその丸い目は一切の疲労を物語る事なく、つい5秒前に泳ぎ始めたかのようだった。
前方からイワシの大群がやってきていた。
山本の丸い目がそれを認識し、脳にどのような指令をだしたかはわからないが、そのイワシの大群の最前列、上から39番目に青田ヒサミツがいたことには気がつきようがなかっただろう。
青田ヒサミツも山本の存在を「大きな黒い陰が前方からやってきた」くらいに思った程度だろう。
山本と青田の魚群はお互いのペースを乱さない程度にすれ違った。
これが山本と青田の最初で最後の出会いだった。
山本は目の前の食べられそうなものに食いついた。
しかし口に違和感を感じると、上へと引っ張られる力を感じた。
山本はこれまでの冷静な泳ぎから一転、急に暴れ始めた。
なぜ暴れたかといえば、いつもと違う違和感を感じたからというだけで、水上に上げられ解体ショーをされ、格安で酢飯の上にのせられ回されるからという事を知っていたからではなかった。
「いつもと何か違う」そんな感覚だけが彼らを本気にさせるのだった。
山本は徐々に上へひっぱられる力に導かれ、その今までと何ら変わらないフォルムの丸い目は、余裕げに泳いでいたあの丸い目ではなくなっていた。
山本を導いたその先には船があった。
乗組員がモリを山本に突き刺した。
流れ出た血で海がにごった。
奇しくもそのすぐ下をウミガメの緑川が泳いでいた。
緑川はこの広い海の中で山本と毎日のようにすれ違っていた。
山本の血の中を泳ぐ緑川が
「太陽が雲で隠れて暗くなったのか」
くらいに認識したのなら幸いだ。
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